現在のPuerta Cerrada(プエルタ・セラーダ=スペイン語で「閉じた門」の意)の名は、ここにかつてマドリード市へ入る門の1つがあり、往来の人々を襲っては盗みを働いていた悪人たちの襲撃を避けるため、常に閉じられていたことに由来するものです。その門は、1569年に解体されました。現在見られる十字架は19世紀に下水のマンホールの装飾として建てられたものです。ここから南へ向かって、かつてのマドリードを彷彿とさせる美しい地区が続いています。昔からCampillo de Las Vistillas(カンピーリョ・デ・ラス・ビスティーリャス)またはVistillas de San Francisco(ビスティーリャス・デ・サン・フランシスコ)の名で親しまれている場所の展望台からは、Manzanares(マンサナーレス)川はもちろん、マドリード南部の開発の様子や、北部にはPalacio Real(王宮)やマドリード山脈の素晴らしい眺めも一望できます。

16世紀農民たちがセバダ(大麦)を取引する場所であったことから、この名前が付けられています。1875年創業の市場では、当初は穀物のみが販売されていました。タベルナや低価格の食堂で囲まれたこの場所では口論や喧嘩が頻繁に起こり、警官たちが常時パトロールする場所となりました。右手にあるのは、Museo del Prado(プラド美術館)所蔵の1780年マヌエル・デ・ラ・クルス作の油絵、「Feria de la Plaza de la Cebada(ラ・セバダ広場の市)」です。

Nuncio(ヌンシオ)通りは、プエルタ・セラーダ広場から出ている通りです。マドリード市南側の入り口のLa antigua Puerta de Moros(旧プエルタ・デ・モロス)へ向かって歩くと、14世紀アルフォンソ11世によって創設されたIglesia de San Pedro(サン・ペドロ教会)と、Capilla del Obispo(司教礼拝堂)が見えてきます。木製の扉を構えた花崗岩の建物のこの礼拝堂には、スペイン宗教建築で第一級を誇るルネサンス様式の祭壇画が収蔵されています。この礼拝堂に接して、内外を完全に改修されたSan Andrés(サン・アンドレス)教会があります。ここは起源を12世紀までさかのぼる教会で、かつてはカトリック両王のCapilla Real(王立礼拝堂)として用いられていました。昔一様に隣接していた3件の教会の最後の1件は、別館のSan Isidro(サン・イシドロ)礼拝堂です。ここは、マドリードの守護聖人である、サン・イシドロの遺灰を埋葬するために17世紀に建設されました。れんがと石造りの土台の上に設えられた、粘板岩で覆われた巨大な丸天井が特徴です。