首都圏の端、自治州南部のGuadarrama(グアダラマ)川のそばにあります。Boadilla del Monte(ボアディーリャ・デル・モンテ)と隣接しているこの町は、海抜670メートルに位置しています。
マドリー市は東へわずか20Kmのところにあります。恵まれた自然環境に取り囲まれたビリャビシオサ・デ・オドンの豊かな自然を正確に表現するには、この町の全域がマドリード州の自然保護地区、グアダラマ中流域周辺公園にすっぽり含まれているという一言で十分でしょう。町の人口は約2万2千人です。
グアダラマ川の左端のCalatalifa(カラタリファ)と呼ばれる場所から、壁の遺跡と10世紀のイスラム陶器が発見されました。この町にある城の1つ、カラタリファ城は、1949年より文化財に指定されています。コルドバのカリフ、アブデラーマン3世の命で10世紀に建てられた城ですが、現在では廃墟となっています。市民戦争の期間中、長い間前線が置かれていたこの町の歴史は、1930年代末の不幸な出来事を無しには語れません。1937年7月、凄絶なBatalla de Brunete(ブルネテの戦い)の舞台となったこの町では、無数の建物が全壊あるいは部分的な崩壊の運命を辿りました。
地元の主要な城は、ビリャビシオサ・デ・オドン城と呼ばれており、やはり1949年に文化財に指定されています。この城は15世紀末に建設され、市民蜂起の反乱の暴動や戦いによる破損がひどく、16世紀に改修というよりは再建されました。エレラ様式の美しい中庭が見事です。18世紀の半ばには、この城で晩年を過ごした国王フェルナンド6世が死去しました。
ここは現在、Archivo Histórico del Ejército del Aire(空軍記録文書保管所)が置かれているため、一般の見学は許可されていません。城の前にあるFuente de los Caños(ロス・カニョスの噴水)は、偉大な建築家ベントゥーラ・ロドリーゲスの作品です。もう1つの重要な建造物に、Casa de Godoy(ゴドイの家)と呼ばれる館があります。国王カルロス4世の首相のゴドイがムリーリョ伯爵夫人より買い取った豪邸だったため、この名称が付けられています。最後に、Prado Redondo(プラド・レドンド)の松林の散策をお勧めします。
また、ビリャビシオサには、私立大学Universidad Europea de Madrid(マドリード・ヨーロッパ大学)のキャンパスの1つが置かれています。