今日、Tajo-Tajuña(タホ川‐タフーニャ川流域)は美味しい食べ物で有名な町です。その郷土料理の多くが、カスティーリャの伝統的な料理で占められています。
子羊、子豚、子山羊の炭火焼...
また、有名なアニスや蒸留酒の製造も古くから行われてきました。
タフーニャ川のほとりにあるこの町のみどころは、17世紀のPalacio de los Marqueses de Leganés(レガネス伯爵の宮殿)と、その1世紀後に建てられた、Templo de la Asunción(アスンシオン寺院)です。
マドリード市から東へ約61Km、グアダラハラ県の近くに位置しています。
15世紀に王宮の置かれたアランフェスは、タホ川の沃野にあります。アランフェスの町は、非常に異なりながらもお互いに補足しあう2つの部分から構成されています。北はPalacio Real y los Jardines(王宮と庭園)のモニュメントに占められたエリア、南にはVilla(ビーリャ=市)があります。そのバロック様式の旧市街は、芸術的史跡に指定されています。
アルガンダは、過去と現在が混在する町です。今日ではもう姿を留めていない城の周辺の中世の町、教会周辺のルネサンス期の町、そしてマドリード南東部の経済・文化活動の重要な中心地となった現在の新しいアルガンダの町が共存しているのです。
マドリードから55Km、州の南東部にある町です。
Villarejo de Salvanés(ビリャレホ・デ・サルバネス)と隣接し、名産のワインには定評があります。
小高い場所に佇むIglesia parroquial de Nuestra Señora de la Estrella(ヌエストラ・セニョーラ・デ・ラ・エストレーリャ教区教会)からは、町を一望にできます。16世紀の建造物ですが、18世紀の継承戦争の前線となったため、ひどく破壊されました。同世紀の建築、Ermita de San Isidro(サン・イシドロ礼拝堂)は修復されています。
マドリード市から67Km、州南東部のグアダラハラ県との県境にあります。
新古典様式のTemplo de la Asunción(アスンシオン寺院)は、18世紀末の建築です。
意外なことに、ここは緊急用のヘリポートを完備しています。
マドリード市から西へ56Kmの場所にあるカラバーニャは、タフーニャ川流域の町です。
この町には、メリダとタラゴナを結ぶローマ街道が通っていたほか、西ゴート族の集落もあり、その興味深い埋葬地が残っています。
泉から出る鉱水で有名なこの町には、17世紀、インディアス副王の住居が置かれていました。その宮殿とIglesia parroquial de la Asunción(アスンシオン教区教会)、マヨール広場にあるFuente de Carlos III(カルロス3世の噴水)などが、この町を代表する歴史的モニュメントです。
シエンポスエロスの市街地は、Cerro Castillejo(カスティリェホの丘)の正面、Jarama(ハラマ)川の渓谷のなだらかな山腹から山際を占めています。住宅街は、ほぼ南と西に向かって伸びています。町から約2KmのところにあるBuzanca(ブサンカ)からは、かつて村の広場の泉へ湧き出ていた運河が流れていましたが、その水量が十分でなかったために無数の井戸が掘られました。これによって町に十分な水が行き渡っただけでなく、町名も授かったというわけです(注:「シエンポスエロス」はスペイン語で「100個の井戸」の意)。
コルメナル・デ・オレハ市は、タホ川とTタフーニャ川に挟まれた水路上のメセタにあります。Iglesia de Santa María(サンタ・マリア教会)北門の扉板は、海抜753メートルのところに位置しています。20世紀始めまでは、Alcalá de Henares(アルカラ・デ・エナーレス)とアランフェスに次いで、マドリード州で3番目に人口の多い町でした。
チンチョンは、マドリード州の市町村の中で、恐らく最も個性的な町と言えます。ポルチコをほどこした16世紀のマヨール広場には、カスティーリャ地方の建築の特徴が見られます。調和と均衡に優れ、世界で最も美しい広場のひとつに数えられています。
1006年頃、レコンキスタの時代に建設された町です。伝説によると、11世紀、セビーリャ王の娘、サイーダがアルフォンソ6世に嫁ぎ、その結果としてイスラム教徒の国からカスティーリャ王国の手に渡ったとのことです。ペドロ・リボルナ・エチェバリア制作の3台のオルガンのうちの1台、1716年製のものが、ここエストレメラに保存されています。
特筆すべきスポットに、マドリード県議会から建築技師ホセ・デ・エチェバリアに依頼して建てられたPuente de Hierro(鉄橋)があります。彼はエッフェル塔の関連会社よりフランスの技術を導入してこの橋を完成させました。
モラータ周辺の自然環境は、性質がはっきり異なる2種類の景観で形作られています。それらは、町を西から東へ分けるタフーニャ川流域の沃野部と、乾地農法の土地と低い山、マツの点在する森林のいくつかが混在する、川の沿岸の渓谷の上にある平野部です。
州東部、グアダラハラ県の手前にあります。アルガンダ・デル・レイに比較的近い、タフーニャ川の沃野にある町です。
町の主なみどころに、17世紀のIglesia de San Juan Evangelista(サン・フアン・エバンヘリスタ教会)と、18世紀の建築で町の守護聖人、Virgen de Bellaescusa(ビルヘン・デ・ベリャエスクーサ)を祀った礼拝堂が挙げられます。
リバス・デル・ハラマと バシアマドリードの合併で生まれた町で、これら2つの町から取った名前が付いています。市民戦争中に破壊された後、Puerta del Sol(プエルタ・デル・ソル)から15Kmの、マドリード州南東部に再建されました。
首都から近いサン・マルティン・デ・ラ・ベガは、レジャー、文化、グルメ、自然とさまざまな魅力に恵まれているのみでなく、ヨーロッパ有数のレジャー施設、El Parque Temático de la Warner Bros(ワーナー・ブラザーズ・パーク)もあります。
バルダラセテの歴史は、レコンキスタとトレド大司教に縁の深いものです...13世紀末~14世紀初めには既に農耕に適した土地として定評のあったバルダラセテでは、ワインやオリーブの実、穀物で相当の生産量を誇っていました。鉱物資源の豊富なエリアですが、サフラン、ウルシ、ブドウの栽培も盛んです。
この村は、当初、「las Eras Altas(ラス・エラス・アルタス)」と呼ばれている場所にあり、人々は洞窟の中に住んでいました。村はかなり昔に破壊され、住人たちが現在の町のある山のふもとに移り住んだのがこの町の起源です。
Piel de sapo(ピエル・デ・サポ)という品種で有名なビリャコネホスのメロンには、ローマ人やアラビア人の時代から定評がありました。 その風味、香り、甘さは、1405年頃すでに、カスティーリャ王国のフアン2世の王室とその寵臣のフアン・デ・ルナの絶賛を受けていました。
マドリード市から約53Km、州の南東部のNuevo Baztán(ヌエボ・バスタン)と隣接し、グアダラハラ県からも近い、タフーニャ川流域の町です。11世紀~12世紀に建てられたロマネスク様式のIglesia de Nuestra Señora de la Antigua(ヌエストラ・セニョーラ・デ・ラ・アンティグア教会)、20世紀のFuentes de San Isidro(サン・イシドロの噴水)、18世紀のQuemado(ケマード)の噴水、Parque forestal La Pililla(ラ・ピニーリャ森林公園)とその松林、洞窟のあるPeña Roldán(ロルダンの岩山)などがこの町の主なみどころです。
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