Templo de Debod(デボー神殿)


Templo de Debod(デボー神殿)のパノラマ

Templo de Debod(デボー神殿)は、エジプト以外で目にすることができる完全な形で保存された世界でも数少ないエジプト建築の作品のひとつであると共に、スペインでは唯一のものと言えるでしょう。

この神殿は、紀元前4世紀に作られてから数十年前にここに移されるまでの長い時間、ナイルの滝のすぐそば、イシス神信仰の中心地フィラエにありました。

この神殿は、アスワンダム建設にあたり、そのままでは水に埋まってしまう運命にあったヌビア神の神殿がスペインが派遣した技術団によって救われたことに感謝して、エジプト政府からスペインに贈られたものです。

1972年にスペインに移されて以来、Plaza de España(スペイン広場)の西、Paseo del Pintor Rosales(ピントール・ロサレス遊歩道)のすぐそばに設置されています。マドリードにある最も歴史の古いモニュメントであるこの神殿は、ナイルのほとりに建っていた時と同じ 東西方向に設置されています。

Templo de Debod(デボー神殿)

歴史案内

Templo de Debod(デボー神殿)

この神殿の起源は、紀元前2世紀に隣国Meroe(メロエ)の国王Adijalamani(アディジャラマニ)が建設を始めたアモン神とイシス神を祀った礼拝堂でした。 その後、最初の礼拝堂部分を中心として、プトレマイオス朝の歴代の王達よって神殿は拡張されて行きました。 この神殿を完成させ、様々な装飾を施したのは、アウグストゥス、ティベリウス、そしてハドリアヌスなどのローマ帝国の皇帝たちでした。

この神殿のことがヨーロッパで最初に記述されたのは、1813年にナポレオンの命を受けて現地の様子を視察する為にスイス人探検家Johann Ludwig Burckhardt(ヨハン・ルードヴィック・バークハルド)が派遣された時でした。

1961年、アスワン新ダム建設のため、神殿は解体され、その石は一時的にナイルのエレファント島に保留された後、アレクサンドリアの港に運ばれました。

1968年、アブ・シンベルの神殿の数々をアスワンダム水没の危機から救うプロジェクトに協力したことへの感謝の印として、神殿はスペインに寄贈されました。

解体されて石の状態でスペインへ運ばれたものを、再度組み合わせて神殿に作り上げる修復作業は非常に複雑で難しいものでした。 この修復課程には、ヌビア地方の気候に似た高温で湿度の低い環境を作り出すために神殿内部に温風のエアコンを設置する作業も含まれていました。 かつて神殿がナイル川のほとりに建っていたことに因んで、神殿へ続く3つのアーチに添って底の浅い池が作られました。 修復・再建には2年という時間がかかり、完成した神殿が一般公開されたのは1972年7月20日でした。

建築

Templo de Debod(デボー神殿)の細部

建物の消失した部分は補修され、現在、この神殿は完全に修復された状態にあります。内部入場が可能ないくつかの部分からなっていますが、 最も重要部分は次のようになっています:

Adijalamani(アディジャラマニ)の礼拝堂、別名浮き彫りの礼拝堂:ここは神殿の最も古い部分で、当初作られたままの形で保存されています。 内部は、いけにえを捧げて神々を信仰する王の姿が描かれています。 この礼拝堂は最初はアモン神を祀ったものでしたが、その後時代が下るとイシス、 ハトール、オシリス、ホルスなど他の神々の信仰もここで行われる様になりました。

Mammisi(マミシ):mammisi とはコプト語を起源に持つ「生まれた場所」を意味する言葉で、ここはホルス神の誕生を祝った場所でした。 この部分は、ローマ帝国の最後の頃、ティベリウス帝(紀元前42年から紀元37年まで)の命によって作られたと考えられています。 この神殿は、エジプトの神殿建築に見られる左右対称の概念から全く逸脱した構造を持っています。

南側の壁には光取りの天窓があり、神秘に満ちた祭礼を執り行う為に必要な 間接照明の役割を果たしていたことが伺えます。

Templo de Debod(デボー神殿)はその他に次の部分から成っています:プロナオス、ナオスの前室、ナオスの間、回廊、 オシリス礼拝堂、テラス。

便利情報

開館時間


見学


印刷実行ボタン

Copyright © Consorcio Turístico de Madrid