マドリードのサッカー事情


レアル・マドリードとアトレティコ・デ・マドリードのロゴと試合風景

100年以上の歴史を持つレアル・マドリードは、世界のサッカー史上最も重要なチームの一つであると言っても過言ではないでしょう。1950年代にヨーロッパや世界の試合で頭角を現したレアル・マドリードは、いまやマドリード市とマドリード州を、ひいてはスペインという国を代表し、世界に知らしめている存在とも言えます。

アトレティコ・デ・マドリードは、マドリード市でレアル・マドリードに次いでサポーターの数の多いサッカーチームです。この両チーム間の試合ともなると、双方のファンの間に激しい火花の飛び散る熱狂を味わうことができます。

両チームに次いで目覚しい活躍を見せるのは、マドリード州南部にあるヘタフェのチームで、2004年にファースト・ディビジョンに昇格しました。

Real Madrid C.F(レアル・マドリード)

ヨーロッパ・チャンピオン・リーグ9回制覇

ゴールを喜ぶレアル・マドリードの選手たち

レアル・マドリードが9度目の制覇を達成するのには、10年以上の歳月を要しました。しかしながら、近年ヨーロッパの覇権を再び制して樹立したヨーロッパ・チャンピオン9回達成の記録には、イタリアのミラノや英国のリバプールら強豪チームでさえ遠く及びません。

www.realmadrid.com

Estadio Santiago Bernabeu(サンティアゴ・ベルナベウ・スタジアム)

Estadio Santiago Bernabeu(サンティアゴ・ベルナベウ・スタジアム)

1947年12月14日、レアル・マドリード対ポルトガルのサッカーチーム、オス・ベレネンセスの試合でサンティアゴ・ベルナベウ・スタジアムのこけら落としが行われました。当時の最高の水準と近代的な最新の設備を誇るサッカースタジアムでした。その後、1954年の第一回目の拡張工事により、ここに「最大の」という言葉も加わりました。

このサッカースタジアムには、レアル・マドリードというサッカーチームが、試合で獲得していった数々のチャンピオンタイトルに値するだけの偉大なチームへと成長を遂げた歴史が詰まっています。最高のサッカーチームが、最高のサッカースタジアムで競技するのを目にする、まさに、すべてのサッカーファンの夢が叶った輝かしい時代が訪れたのです。その栄光の影には、ある人物の多大な尽力がありました。レアル・マドリードの象徴的存在であり、当時の壮大なプロジェクトを忠誠心と未来へのビジョンでしっかりと舵取りし、成功を手にした人物、それが、このサッカーの殿堂にその名を冠する名誉を与えたサンティアゴ・ベルナベウその人でした。

Estadio Santiago Bernabéu(サンティアゴ・ベルナベウ・スタジアム)では、各種のスポーツと社会的な大規模イベントの会場としても活躍してきました。その中でも一際注目されるのに、次のイベントの数々があります。レアル・マドリードの優勝で飾られた第二回ヨーロッパ杯の決勝戦(1957年)、ヨーロッパ杯リーグ予選決勝戦(1964年)、スタジアムの25周年記念行事(1972年)、レアル・マドリードの75周年記念行事(1977年)、スペインW杯決勝戦(1982年)、ヨハネ・パウロ2世とスペインの青少年との集会(1982年)など。また、Estadio Santiago Bernabéu(サンティアゴ・ベルナベウ・スタジアム)は何度もスペイン杯決勝戦の会場に選ばれています。

Atlético de Madrid C.F(アトレティコ・デ・マドリード)

リーグ・チャンピオン9回制覇

アトレティコ・デ・マドリードの選手

アトレティコ・デ・マドリードは、マンサナーレス川のほとりにあるVicente Calderón(ビセンテ・カルデロン・スタジアム)に本拠を構える、マドリード市が有するもう一つの偉大なサッカーチームです。スペインリーグで最強のチームの一つに挙げられ、チャンピオン・タイトルも1995-1996年を含む9回制覇していますが、レアル・マドリードにはタイトルもトロフィーの数も及びません。しかしながら、チームのサポーターたちの間にはレアル・マドリードに負けない熱狂が見られます。2003年には100周年を迎えました。

www.clubatleticodemadrid.com

Estadio Vicente Calderón(ビセンテ・カルデロン・スタジアム)

Estadio Vicente Calderón(ビセンテ・カルデロン・スタジアム)

ここは、ヨーロッパで初めて収容人数全員分の座席が設置されたスタジアムでした。アトレティコ・デ・マドリードの試合での膨大な集客数に押され、手狭になった伝説的なMetropolitano(メトロポリターノ)のスタジアムに替わって建設されたスタジアムです。開場は1966年、今日スタジアムのあるRío Manzanares(マンサナーレス川)のほとりに、M-30(首都環状自動車専用道路)がまだ開通していない時代でした。その後、建築された高速道路(M-30)は、Tribuna de Preferencia(メインスタンド側最上階)の下につくられ、現在も存在する、有名なトンネルを通っています。

このスタジアムは、現在でもヨーロッパ最高のスタジアムの一つに数えられています。大理石とスモークガラスの立派な内装、間取りと内装(スタジアムを埋め尽くす赤・白・青のプラスチック製の一人掛けの各座席には番号がついており、どの場所からも試合の全景が見れるようになっているのが大きな特徴)、サービス(レストラン、バー、ファーストフード・レストラン、トイレ、ショッピングギャラリー、総合病院、スポーツジム、社交サロン、さまざまなエリアに設けられたVIP専用ボックス席、ブース、エレベーター、駐車場など)、セキュリティ設備、グラウンドのコンディションなどすべてが完璧に整えられ、規模的にも大きいのがその理由でしょう。

身体障害者用エリア、専用ボックス席、2階席、階段座席などを含む収容人数約5万6千人、全員が座って観戦できるスタジアムです。

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